どう測っても「光の速さ」が
変わらないという大問題
この「時間と空間は固定されている」
という信念を揺るがしたのは、
光だった。19世紀、
物理学者マクスウェルは電場と磁場の法則から、
光(電磁波)の速さが既知の物理定数で
決まることを示した。
ここで世間は「すわっ!」となった。
当時、光は「エーテル」という、
宇宙を満たす未知の媒質を伝わる波だと信じられていた。
だとすれば、動いている列車の速度が、
列車と同じ方向に動いていれば遅く見え、
逆なら速く見えるのと同じことが、
エーテルでも起きるはずだ。
光速をいろいろな方向で測れば、
地球がエーテルに対してどちらの方向に
運動しているかはわかるはずで、
地球がエーテル中で静止していない限り、
方向に依存して光速が変化する
(観測される速さにバラツキが出る)
方向依存性が絶対に現れなくてはならない。
だが、どうやっても光速の方向依存性は観測できず、
科学者の間には困惑が広がった。
光速に方向依存性がない以上、
地球はエーテル中で静止していると
考えざるを得ないが、
地球は太陽のまわりを公転しているのである。
宇宙全体を覆うエーテルが、
地球といっしょに太陽のまわりを
公転していることなどあり得るだろうか?
「時間と空間が伸び縮みする」
ローレンツの大胆すぎる仮説
この難問を解決するために、
稀代の理論物理学者ローレンツは
「運動する物体では進行方向の長さが縮み、
時間の測り方も変わる」という、
当時としてはきわめて大胆な考えを導入した。
確かに時空がこのような変換を受けると考えると、
地球がエーテルに対して静止していると考えなくてすむ。
ここで人類は、
「エーテル全体が地球といっしょに動いている」のか、
「時空がローレンツの考えた式のとおりに
実際に伸びたり縮んだりする」のかという
二者択一を迫られた。
どちらもあり得なさそうなもののどちらかを、
自然法則として受け入れなければならなかったのだ。
浦島太郎は原理的に
あり得ない話ではない
しかし、
「時空が実際に伸びたり縮んだりする」という考えは、
当初は受け入れられなかった。
なにしろ「時空間の固定」は、
ニュートン力学の依って立つ大前提である。
計算上一致するというだけで、
「光速に対して進む方向と速度によって
時間と空間が伸びたり縮んだりする」
という考えを受け入れるのは、
あまりにもハードルが高かった。
この解決には、
実際に「時空間の固定」を否定するしかなかった。
そして、それを実際に行ったのが、
アインシュタインの特殊相対性理論だった。
光速に近い速度で移動する物体では、
外から見た時間の進み方が実際に遅くなる。
高速で宇宙を旅して地球に戻れば、
地球に残った人よりも
本人に流れた時間のほうが短い、
ということが原理的には起こり得る。
竜宮城で3日過ごすうちに地上で
何十年も経ってしまう「浦島太郎」は、
原理的には決してあり得ない話ではないのである。
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