第2章 気づき
霊的感性
「霊的感性」を育む必要があると思います。
その感性は座学で学ぶというよりは、
日常の体験を通して学ぶことが大切です。
世の中には、さまざまな宗教、
スピリチュアルな情報で溢れていて
なにが自分にとって合っているのか、
必要な情報なのか選びとることが難しいと思います。
目には見えないからこそ、
五感で感じることが大切です。
「なんだかここは、嫌な感じがするな」
「ここは明るい雰囲気で心地良いな」
「臭いな」
「苦手だな」といった実際に臭いは
感じなくてもそんな気がするといった
感覚を大事にしていったほうが良いのです。
第六感のようなものを
「霊的感性」と呼んでいます。
人にもものにも場所にも、
そういった感覚を持ち合わせて
、敏感になって反応し、
その感じた違和感や
心地良さを見逃さないことで、
「霊的感性」を育めるのです。
このことは気のせいだなんて思っていては、
鈍感になります。
鈍感になるときも必要ですが、
「霊的感性」を育むうえで、
その感覚は、
気のせいだなんて言って
なかったことにしてしまうと、
もったいないのです。
だんだんと、
わかってくるのです。
なんだか嫌な感じがする、暗いな、
臭いな、気持ち悪いな、不快だな、
そういった目には見えない
感覚を大切にしてほしいのです。
そうすることで、
自分自身を守ることができるからです。
自分の防御が高まります。
逆もしかりで、
自分にとって心地の良いなにか
も見つかるようになります。
そういった不快を感じる場所、
もの、
人には近づかない自分になります。
違和感は大切です。
違和感は魂からのお知らせ、
サインなのです。
私自身が体験して、
今もまさに育んでいる
「霊的感性」。
以前は平気だったけれど、
今はとてつもなく気色悪く感じる
なにかがあるのだとしたら、
それは自分とそのもののエネルギーが
変わったのだと思います。
見た目だけでは判断できないこと、
「霊的感性」を育むことで、
物事の本質的なところを
感じることもできるのです。
「朝」という字
「朝」という漢字の響きが大好きです。
解体すると「十月十日」になるのです。
これは、
お母さんのお腹の中で、
赤ちゃんが成長し生まれてくるまでの時間です。
ともに一心同体となり、いのちを育み、
大切に思いをはせながら日々を
穏やかに健やかに愛おしく過ごす時間。
愛で溢れた時間をみんなこの世に生まれた人は
過ごして誕生しているのです。
どんな人も等しく、
生まれる前に、
その「十月十日」を過ごしているのです。
あたたかい「愛」という想念を宿して
誕生しているのです。
わたしの解釈は「朝が来ると、
人は何度でも生まれて人生を生き直す」です。
今、
苦しい人がいたら伝えたいです。
「あなたにも朝が来る。
明けない夜なんてないのです。
何度だって生き直せるのです。
大丈夫、未来は明るいのです」。
今この瞬間にだって、
命の灯は燃えていて、輝いていて、
尊いのです。ひとりではないのです。
守られているのです。
命はずっと繋がってきていて、
これからもずっと誰かのこころの中で
生き続けるのです。
今を生きることで叶うのです。
埼玉県教育委員会が作成している
彩の国の道徳(中学校)の中に
「命のタスキ」という素晴らしい教材があります。
主人公と母親とのやりとりがあり、
母親への不満を爆発させてしまうのですが、
母の生い立ちを知り、
命の繋がりを教えられ、
主人公が変わっていくという話です。
この教材を読んで生命について考えました。
今ここにいる不思議さ、
いつか終わりが来ること、
ずっと繋がっていること、
命のタスキを受け継いで今この瞬間を
生きているということを考え、
わたし自身も命を輝かせようと思えたのです。
ずっと遠い昔から受け継がれ、
自分が受け取った命のタスキ。
この生命は自分の命だけれど
自分だけのものではないのです。
このことを忘れずに、
大切にしていきたいのです。

