通常の治癒期間を超えて
持続する痛みのことを指します。
例えば、
慢性腰痛、慢性的な頭痛、
全身に痛みやしびれが広がる「線維筋痛症」、
ストレスや不安で生じる
「心因性疼痛」などが該当します。
これらは単なる症状ではなく、
神経や脳の働きが変化し、
痛みがひとつの「病気」として
独立して存在すると考えられています。
そして慢性疼痛では原因が見つからない場合が多く、
精神的ストレスや不安とも密接に関係しており、
通常の鎮痛薬が効きにくいという特徴があります。

過去の研究では、
痛みの感じ方が脳に大きく
依存していることが分かってきました。
特に、
前頭前皮質と呼ばれる「脳の感情を
コントロールする領域」の働きが弱くなると、
痛みのブレーキが効かなくなり、
わずかな刺激でも「痛い」と
感じてしまうようになります。
このような現象は、
「神経可塑性(しんけいかそせい)」と呼ばれる、
学習や記憶と同様に脳のネットワークが
変化する能力によって説明されます。
すなわち、
痛みが長く続くことで、
脳のネットワークが痛みを“学習”してしまうのです。
そこで、UNSWとNeuRAの研究チームは、
この”学習された痛み”に対して、
逆に脳を再教育することで痛みを
弱めることができるのではないかと考えました。
研究チームは、弁証法的行動療法
(DBT,境界性パーソナリティ障害の治療に
特化した認知行動療法の一種)を
ベースとしたオンライン型の
感情調整プログラムを開発しました。
このプログラムでは、
自分の感情を正しく認識する力やストレス耐性の向上、
「今この瞬間」に意識を向ける
マインドフルネスといったスキルを
9週間にわたって学びます。
このアプローチの目的は、
痛みと感情を結びつける脳内回路を再構築し、
過敏化した神経の興奮を沈めることにありました。
研究は2023年から2024年にかけて実施され、
慢性疼痛を抱える89人の患者が参加しました。
その半数が新しいオンラインプログラムを受け、
もう半数は薬物療法や通常の生活指導など、
従来の標準治療を継続しました。
「脳の再教育」が慢性疼痛の
痛みを和らげると判明
実験の結果、
オンラインプログラムを受けた患者グループでは、
従来の標準治療を受けた患者グループと比べて、
痛みの強度が軽減し、
感情調整能力が有意に改善されました。
また、
睡眠や生活の質、社会的活動への
参加も向上するという効果が確認されました。
ある患者は、
痛みの軽減のために使用していた
モルヒネの摂取量を減らすことさえできました。
これらの成果は、
単なる「気分の改善」にとどまらず、
実際の神経活動や脳構造に変化が
起きていることを示唆しています。
「脳の再教育」が痛みに対する
慢性疼痛の患者では、
脳における感情や痛みをコントロールする
機能のバランスが崩れ、
痛み信号を抑制できなくなってる可能性があります。
そのため今回のオンラインプログラムは、
この機能を再び正常な状態に近づける
“脳のリハビリ”のようなものだと考えられます。
ただし、この研究にも限界はあります。
対象人数が89名と少数だったことや、
対象が英語圏で文化的要因が影響している可能性、
さらに痛みの種類(腰痛、線維筋痛症など)に
ばらつきがあったことが挙げられます。
これらを踏まえ、
研究チームは2026年に300人以上を
対象とする試験を計画しており、
さらなる検証が進められる予定です。
それでも今回の結果は、
これまで「治らない」と思われていた
慢性疼痛に対して、
薬物に頼らない新たな治療戦略として
期待されるものです。
これからは、
薬や注射だけでなく、
「脳を再教育」ことで痛みを克服する
時代がやってくるのかもしれません。
<参考:>