「細胞内を2本足で歩くものがいる!?」
「ミトコンドリアが重要な
エネルギー供給源だった」などなど、
命の最小単位「細胞」の秘密を知れば、
「まさか、こんなことが自分の体の中で
起きていたなんて!」と思うはずです。
最先端の生命科学が今「命」を解明中。
2025年ノーベル生理学・医学賞の
免疫細胞の研究が、
がんなどの治療に応用されるように、
私たちも恩恵を被っています。
NHKスペシャル「人体Ⅲ」の
書籍化『命とは何か?
「細胞」から見えてきた命の正体』は、
「あなた自身の命の秘密」を解き明かします。
運命共同体ミトコンドリア
宿主の「生と死」の鍵を握る居候
命とは何か?「細胞」から見えてきた命の正体⑨では、
「命の最小単位」である細胞の中で
「たんぱく質」のキネシンが荷物を運ぶことで
生命活動が維持されていることを紹介しました。
しかし、
そもそもなぜ、単なる物質にすぎない
キネシンが動けるのでしょうか?
ここから、
その根源的な問いに答えていきます。
キネシンに限らず、
細胞内で働くさまざまなたんぱく質に
エネルギーを供給する、
いわば「細胞内の発電所」のようなものが存在します。
それが、「ミトコンドリア」です。
この連載をご覧のみなさんであれば、
ミトコンドリアという言葉は耳にしたことが
あるのではないでしょうか。
しかし、
ミトコンドリアの役割は単なる発電所にとどまらず、
「命とは何か?」を考えるうえで
決して欠かせない重要な鍵を握っていることが、
取材を通じて見えてきました。
風の力で歩く「砂浜の生命体」
オランダ・ハーグのスフェベニンゲン海岸には、
毎年、不思議な“怪物”が姿を現します。
大学で物理学を学んだアーティスト、
テオ・ヤンセンさんが1990年から
制作・発表を続けている作品群、
「ストランドビースト」です。
名前の由来は、
オランダ語で砂浜を意味する「strand」と、
生物を意味する「beest」をつなぎ合わせた造語。
プラスチックのチューブでできた単なる
「物質」であるにもかかわらず、
風の力を受けて歩く姿はまさに生命体のようで、
一度見たら忘れられないほどのインパクトがあります。
日本でも全国の美術館などで
「テオ・ヤンセン展」がたびたび開催されており、
目にしたことがある方も多いかもしれません
(ユーチューブなどで「ストランドビースト」と検索すると、
さまざまな作品を見ることができます)。

「人体Ⅲ」では、「なぜ物質であるキネシンが、
まるで生き物のように歩くのか」を説明する際に、
同じく物質でできていながら生き物のように
歩くストランドビーストのミニチュア模型を例に挙げました。
命のない物質でも、
「動くための構造」があり、
「動力源」――ストランドビーストにとっては
「風」――があれば、
生き物のように歩くことができるのです。
では、キネシンにとっての「風」は、
いったい何なのでしょうか?
「生体のエネルギー通貨」ATP
それはずばり、
ATP(アデノシン三リン酸)
と呼ばれる分子です。
その大きさは、
わずか1ナノメートル程度。
キネシンの大きさが80ナノメートルでしたから、
それよりもずっと小さな物質です。
ATPはいわば「充電式の電池」のようなもので、
水と反応させること(加水分解)で
大きなエネルギーを放出します。
実はキネシンの「両足」に相当する部分には、
ATPがカチッとはまる
「鍵と鍵穴」のような構造が存在します。
そこにATPが結合すると、
加水分解反応が起き、
ちょうど一歩分のエネルギーが供給されるのです。
つまりキネシンが一歩あゆみを進めるたびに、
新たなATPが「カチッ、カチッ、カチッ」とはまり、
順に消費されていくというわけです。
なお細胞内ではキネシン以外にも、
無数のたんぱく質がATPを
動力源として機能しています。
しかもこの仕組みは人間に限らず、
ほとんどすべての生物に共通しているため、
ATPは「生体のエネルギー通貨」とも呼ばれています。
通貨がさまざまな買い物に使えるように、
ATPもまた細胞内の多様な反応に使われている
そんなイメージです。
