なぜ、命の最小単位の、
ひとつひとつの細胞に個性が!?
およそ40兆個の細胞を
調べたら驚きの連続だった
「ウイルスは命?
命じゃない?」論争
ここまで読んで、もしかしたら「じゃあウイルスは命?
命じゃない?」と疑問に思った方が
いるかもしれないので触れておきます。
私たちを苦しめた、
あの新型コロナウイルスは命でしょうか?
先に結論から言うと「いまのところ、
ウイルスは命ではない」と多くの科学者が考えています。
ちょっと歯切れが悪いのには理由があります。
細胞とウイルスを比較すると、
まずそのサイズ感がまったく違います。
人間の細胞の平均的な大きさは
0・02ミリメートルと言いましたが、
インフルエンザウイルスの大きさは、
およそ0・0001ミリメートルであり、
細胞のほうが200倍も大きいのです。
200倍というのはどのくらい違うかというと、
細胞がバスケットボールだとしたら、
ウイルスは砂の粒子ひとつの大きさです。
でも、それは大きな誤解です。
今回の取材を通じて「細胞内の本当の姿」は、
従来のイメージとはまるで異なる、
摩訶不思議なワンダーランドのような
様相であることがわかってきました。
「なぜ、地球上の生き物はすべて
細胞でできているのか?」
「なぜ、とても小さな細胞に複雑な
個性の違いが現れるのか?」
こうした謎の答えは、
細胞内のミクロの世界が握っています。
細胞の中身は、いわば「命の中身」。
最新の細胞分子生物学が解き明かす、
その本当の姿を、
「私たちの命は、地球上のどんな技術や
富をもってしても再現できない、
奇跡の存在です」と語るのは
ノーベル賞科学者の山中伸弥さん。
タモリさんは、
「この奇跡を、普通に生きましょう」と
語った番組が、
NHKスペシャル「人体Ⅲ」です。
テーマは、
「命とは何か?」という生命科学における究極の問い。
「死なない細胞」の存在を追って、
著者の塚越亮太さんの取材の旅は始まります。
ひとりの女性の細胞が70年以上
死なずに増え続けるのはなぜか?
その細胞のお蔭で、
薬の開発や生命科学の解明が進みました――。
そして、世界最先端の研究から、
命の最小単位である「細胞」の解明が今、
進んでいます。
細胞内は想像をはるかに超えた
「ワンダーランド」とも言えるような世界です。
2本足で歩く小さな妖精のような
物体が荷物を運んでいたり、
サッカーボールの形に合体する物質があったり、
同居人のミトコンドリアが細胞内の物質を
動かすエネルギー供給源とわかったり――。
たとえば、
人が生きるのに必要な糖質を吸収するために、
細胞内では絶妙な
チームプレーが続けられているのです。
「喜怒哀楽」や「能力」「病気」「老化」
なども細胞レベルの研究が進んでいます。
脳の神経細胞では“細胞内の運び屋”がせっせと
「喜怒哀楽の元」を運んでいるので
私たちは喜びや悲しみを感じます。
細胞を活性化する行動が
「能力」アップにつながることも明らかに。
老化の解明で抗老化薬の開発が進み、
若いころのように病気になりにくい
未来がもうすぐそこだと言われています。
世界最先端の研究者が命の探求を通して
生まれた哲学も紹介しています。
私たちも「命」の正体を知ることにより、
人生の見方も大きく変わるかもしれません。
なぜ、命の最小単位の、
ひとつひとつの細胞に個性が!?
およそ40兆個の細胞を
調べたら驚きの連続だった
命とは何か?
「細胞」から見えてきた命の正体⑤
「不死の細胞を持った女性がいた――」
「細胞内を2本足で歩くものがいる!?」
「ミトコンドリアが重要な
エネルギー供給源だった」などなど、
命の最小単位「細胞」の秘密を知れば、
「まさか、
こんなことが自分の体の中で
起きていたなんて!」
と思うはずです。

命の最小単位
その、ひとつひとつの
細胞に個性があった
ここで、ちょっと想像してみてください。
ある休日の昼間、
あなたは公園のベンチに座って
リラックスしていました。
周りを見渡してみて、そこにあるものの中で、
「命」と「命ではないもの」を
見分けてみようと思い立ちます。
散歩中の犬、ハトの群れ、イチョウの木、
そして足下のアリ。
これらはすべて命です。

その一方で、石ころ、動くラジコン、ゾウの滑り台、
上空の雲、そしてまぶしい太陽。
これらは命ではないと、
あなたは判定するでしょう。
こんなふうに、
私たちは特別に意識しなくても、命と、
そうでないものを瞬時に見分けることができます。
けれども、それはなぜでしょうか?
命と、そうでないものの違いは、
何でしょう?
生命の三定義とは何か?
科学者たちは古くから「命とは何か?」という問いに向き合い、
その特徴を定義づけようとしてきました。
ある定義の中でも、
学術的に広く受け入れられているものがあります。
「以下の3つすべてを数満たすものを
生命と呼ぶ」という考え方です。
「外界と隔てられている」とは、
周囲と区切られた仕切りを持ってい
私たちにとっては「体」がそれにあたりますし、
単細胞生物では「細胞膜」がそうです。
「代謝」とは、
化学反応によってエネルギーや物質の
生成・分解をすること。
少し難しく聞こえるかもしれませんが、
ざっくり言えば、
食べ物の栄養をエネルギーに変えて走ったり、
新しい爪が伸びたりするような一連の働きのことです。
そして「自己複製」とは、自らのコピーを作ること。
単細胞生物であれば、細胞分裂がそれに該当します。
ちなみに私たち人間の場合、
生殖によって生まれる子どもは両親から
半分ずつ遺伝情報を受け継いでいるため、
厳密な意味では「自らのコピー」ではありません。
しかし人間という「種」で考えると、
同じ「人間」が複製されていますよね。
そのため、
これも自己複製の中に含まれています。

地球上の命はすべて、
細胞でできている
先ほど公園の例で挙げた「命」はすべて、
この3つの定義を満たしています。
そして、その最小単位を考えていくと、
それは「細胞」に行き着きます。
私たちも、
犬も、ハトも、アリも、細胞でできています。
さらに視野を広げてみても、
大きなものではシロナガスクジラから、
小さなものではバクテリアまで、
この地球上に生きている命は、
すべて細胞からできています。
つまり私たちが「命」と呼ぶものは、
ひとつの細胞か、
細胞が集まることで成り立っているのです。
あなたの体の細胞も、
それぞれが生きている
私たちの体は、
成人であればおよそ40兆個の
細胞が集まってできています。
そして、そのひとつひとつが生きています。

図 体を形作る細胞の一種(一例)
たとえば、
免疫細胞が体に侵入してきた
病原菌を追いかけて食べる様子は、
単細胞生物の捕食にそっくりです。
あなたの体を支える骨は硬いカルシウムの
塊というイメージかもしれませんが、
その内部では破骨(はこつ)
細胞がはいずり回って骨を溶かし、
骨芽(こつが)細胞が新たな骨を生成することで、
常に作り替えられています。
また体を洗ったときに出てくる垢(あか)は、
あなたの体の表面を外界から守っていた
皮膚細胞が古くなって死んだなれの果てです。
そう考えると、
垢を汚いと言うのも悪い気がしてきますね。
「命」というと、
ひとりの人間としての命を思い浮かべますが、
その実態は、
細胞というおよそ40兆個の命が
集まってできたものなのです。
とはいえ、
人間の細胞の平均的な大きさは、
およそ0・02ミリメートルです。
そんなちっぽけな細胞ひとつひとつに命があると言われても、
まだいまいち実感がわかないかもしれません。
しかし、
あなた個人の「命の始まり」が何だったかを考えると、
もう少し納得していただけると思います。
命の始まりといえば、
そう、受精卵です。
お母さんの卵子にお父さんの精子がたどり着き、
ふたつの遺伝子が混ざり合った、
新しい遺伝情報を持つ細胞。
このたったひとつの受精卵が分裂し、
やがてさまざまな細胞に分かれていき、
あなたの臓器や体を作っていきました。
大もとの受精卵が命なのであれば、
そこから分裂した全身の細胞も、
命であるというわけ
人間の細胞数が出てきたので、
本書で扱う細胞の数についてお話ししておきましょう。
一昔前まで、
人体の細胞数はおよそ60兆個と言われてきました。
最近では、ある論文で発表された
約37兆個が広く知られるようになりました。
ただ、
人体の細胞数を推計した論文は他にもあり、
それぞれ数字が異なっています。
また、細胞数は人の体格によっても大きく異なります。
体内で最も数が多い細胞は何かご存じでしょうか。
ずばり赤血球です。
全細胞の7割程度を占めているのですが、
赤血球の数は体重にほぼ比例します。
そのため体重40キログラムの人と
100キログラムの人では、
細胞数は2倍程度、
違ってくることになります。
つまり、
人体の細胞数は人それぞれ異なっており、
その幅は数十兆個にもなるのです。
こうした理由からシリーズ「人体」の番組内では
37兆個という詳しい数字を採用せず、
おおまかに「およそ40兆個」と表現することにしました。
この言い方を本書でも踏襲します。
とても小さいため、
ウイルスの構造は細胞と比べ、
とてもシンプルなものになっています。

生命の三定義に「代謝」と「自己複製」がありましたが、
ウイルスはそれを自力で行うことができません。
ウイルスといえば
「無尽蔵に増える」というイメージがあるので、
自己複製できないというのは、
ちょっと意外ですよね。
ではどうやって増えているのかというと、
ウイルスはこうした機能を自前で持っていない代わりに、
感染した細胞の機能を利用して、
自らのコピーを作らせるのです。
このように、
他の細胞がなければ増殖できないという性質から、
ウイルスは命ではないとされています。
ではなぜ「いまのところ」と歯切れが悪かったのかといえば、
2000年代に入ってから従来考えられていた
ものよりもずっと巨大なウイルスが発見され
不完全ではあるものの、
自己複製や代謝に必要な機能の一部を
有していることが判明したからです。
(ミミウイルスや、パンドラウイルスなど)。
結果、
巨大ウイルスを「生命と非生命の境界に
位置する存在」とする向きもあります。
ということで現状はまだ「ウイルスは命ではない」が
優勢ですが、
科学者の間でも「ウイルスは命か?
命じゃないか?」
論争は今後ますます深まっていくと思います。
すぐ反応したりしなかったり、
免疫細胞にも個性が
取材中、「個々の細胞にも命がある」ということを、
強く実感する場面がありました。
東京大学で「1分子遺伝学」をテーマに研究している
上村想太郎教授に話を伺ったときのことです。
上村さんは開口一番、
「私たちを形作る細胞にも、
私たちと同じように多様な個性があるんです」
と語り始めました。
えっ、そうなんですか?
確かに、
体にはさまざまな種類の細胞があり、
見た目や役割は異なりますが……。
「いえ、そういうことではありません。
同じ種類の細胞でも、
100個集めて観察すると、
その働き方に意外なほどの違いがあるんですよ」
論より証拠ということで、
実際に顕微鏡映像を見せてもらいました。
同じ種類の免疫細胞がたくさん集まっているところに、
「敵が来た!」というシグナルをいっせいに
与える様子が映し出されたものです。
すると……すぐに反応する細胞もあれば、
のんびりと遅れて反応する細胞、
なかには「われ関せず」でまったく
無反応なものまであったのです。

免疫細胞といえば、
画一的に敵を攻撃する「マシーン」の
ようなものだと思っていたので、
これだけ個性豊かな反応を目の当たりにして驚きました。
もの言わぬ小さな細胞たちが「敵だ!
行けー!」「まぁまぁ慌てない、慌てない」
「むにゃむにゃ、もう食べられないよ」
とでも言っているかのように思えて、
ひとつひとつの細胞が確かに
「生きている」ことを実感しました。
そこで、こんな質問をしてみました。