「なんでこんなに安いのか!」。
ベトナム・ハノイの庶民的スーパーで目にしたコメは、
1キログラム(kg)わずか100円。
日本の約1〜2割程度の価格だ。
その衝撃的な価格に、
「日本のコメは高品質なので高くても
海外で売れる」などと言われているが、
本当なのか?
という疑問が頭をよぎった。
2025年11月はじめに、
ハノイのスーパーで筆者が
最初にコメの価格を見た時の偽らざる感想だ。
セール中ではあるものの、
ベトナムの長粒種が1キロ100円
(1円=170ドンで換算)から
120円ほどで売られていた。
こうした海外のコメの価格は、
農産物の輸出振興を図る日本にとっても
フォローすべき現状だ。
スーパーマーケットのコメの販売と
日本食レストランの状況、
コメの生産現場をレポートし、
今後の日本のコメのあり方を考えてみたい。
スーパーマーケットで
売られている圧倒的低価格米
高級なスーパーでも、
ベトナムで栽培されたジャポニカ米
(短粒種)は200円から300円前後だった。
日本では農林水産大臣も替わり、
毎日のようにコメの価格が
話題になっていた時である。
ベトナム産のコメが日本で売られている
コメのわずか1~2割の価格だった。
日本産米に形状と味が似ている
ベトナム産ジャポニカ米ですら
日本の3割前後である。
ちなみに日本から輸入された
日本産米は筆者が訪れた高級スーパーでは
1キロ800円から900円ほどで、
日本で売られている価格とほぼ
同額で売られていた。
日本人からすると、
海外で日本のコメが日本国内と同じ
価格帯で売られているのは違和感があるが、
現地のジャポニカ米からするとかなりの割高である。
ベトナム産“ジャポニカ米”の実力
なぜこんなに価格差があるのか?
味はどうなのか?
ベトナム産日本米の実力を調査すべく、
現地の人が推薦するハノイの
日本食レストランを訪ねた。
スタッフは料理人も含め、
ほぼベトナム人のようだ。ベトナムでは珍しく、
日本語で話しかけられほっとする。
料理人は日本人から教育を得ているそうだ。
トンカツ定食を注文した。
オーストラリアメルボルンでも食べたし、
日本でも頻繁に注文しているので比較しやすい。
トンカツ定食のコメは思わず店員に
「これって日本から輸入していますか?」
と聞いてしまうほどだった。
ベトナム産ジャポニカ米を使っているとのことだが、
毎日コメを食べている日本人でも違和感なく、
柔らかさと風味がしっかり感じられた。
この定食にはデザートとコーヒーが付いていて、
価格は税込で約1165円と現地の方からすると
割高に感じるかもしれない。
このレストランに再度確認したところ、
ベトナム産との回答があったが、
飲食店向けとして若干高値で現地生産の
ジャポニカ米を購入している可能性もある。
ハノイ周辺のコメ農家
このようなコメはどのように生産されているのか。
ハノイ近郊の農家を訪ね、
その生産現場を視察した。
ハノイ中心部から車で1時間ほど離れた
場所に湿地帯が広がる米作地帯がある。
この地域は、
排水が悪く、
野菜作には適さない地域とのことだ。
今回訪問したのは、
ハノイ周辺では50ヘクタール(ha)
規模を手掛けるQuý(クイ)さんだ。
この地域の平均耕作面積が1ha以下なので、
この農家はハノイ近郊でもかなり大規模と言える。
90人ほどの農家から土地を借りているそうだ。
実はベトナムのコメの主産地は南部で
規模も北部に比べると大きいという。
クイさんの経営は、
第1期作が主軸(全面積で実施)で、
第2期作は限定的に5 haのみ実施している。
コメどころのベトナム南部で広く行われている
完全な二期作とは異なる「部分二期作」体制だが、
今年は台風の影響で二期作目の面積が
例年より小さいそうだ。
最近では付加価値の高い
日本型の品種を栽培している。
1月中旬に播種し6~7月に収穫、
6月下旬に播種したものは
9月中旬から10月に収穫する。
基本はクイさん一人で作業し、
播種期や収穫期には、
1〜3日間だけ数人雇っているという。
「全面積を二期作にするほどの
労働力・水利・機械稼働体制が整っていないため、
段階的に一部圃場で試みている
形態」とクイさんは話す。
なぜ、50ヘクタールもの規模を
一人で運営できるのか?
クイさんは現在、
機械を持たず外部に作業を委託しており、
トラクターやドローン散布なども依頼している。
「数年前までは自前で機械を持っていたが、
維持費や手間を考え外部委託に
切り替えた」と理由を語る。
ベトナムでは、
このように農機具を持たず、
所有するのは倉庫のみという農家が多いらしい。
日本では数ヘクタールの経営でも重労働だが、
ベトナムでは外部委託サービスが
高度に発達しており、
その分、
少人数でも大規模経営が成立している。
農作業を100ha以上の大規模農家に委託し、
自身は機械作業以外の栽培に専念する。
今回、野菜農家も訪問したが、
農機具を所有せず、
必要な時に農家組合から有償で借りる方法だった。
コメの店頭価格が1キロ100円であることを考えると、
クイさんのような生産者の出荷価格は
1キロ40〜50円程度とみられる。
この価格差は、
流通コストの小ささや委託作業による
低コスト構造を如実に示している。
タイなど他のコメ産地との
国際競争などの影響もあり、
稲作を維持するうえでは、
安価にしなければならないのだろう。
若年層が農業を離れており、
周辺農家の年齢層は50代以上が
ほとんどとなっているという。
それでも、
労働費や農薬散布費用も外部委託で効率化し、
経営しているのだ。
クイさんは「必ずしも収入は
高くない」と言いながらも、
素敵な玄関兼応接室がある
立派な家に住んでいる。
このように、
「機械を持たない農家」の存在はタイなど
アジア諸国でも見られる傾向で、
低コスト化を実現しているのだ。
彼らはコメの輸出などでしのぎを削っており、
コストダウンを図っている。
ベトナムから見える日本のコメの将来
ベトナム産のコメはシンガポールや
オーストラリアでも非常に安く売られている。
筆者が2025年2月に訪問した
オーストラリアメルボルンでは
日本から輸入された高品質なジャポニカ米と
混ぜて食べている人もいるとのことだった
こうした低価格化の厳しい国際競争を踏まえると、
いくら日本が現時点の800〜950円/kg前後の
米価から低価格化を図っても、
輸出競争は容易ではないことが想像される。
逆に、
こうした安価なコメが日本に入ってくれば、
多くの一般消費者は喜んで買う可能性があり、
その点が国内市場では大きな課題になるに違いない。
日本では生産者も行政担当者も
海外事情をあまり知らないことが問題であり、
今後、
政策面でもそうした国際的な視点を
取り入れる必要がある。
50haもの規模の農家が機械をほとんど
所有しないで、
コストダウンを徹底し機械作業を外部委託している
合理的な考え方は日本も見習える点だ。
また、
直播でドローンを播種から収穫まで
フル活用している点もスマート農業の
利用という点で参考になる。
日本ではスマート農業というと
高価な機械を持つことが前提になることが多い。
田植をしない省力化可能な
直播も最近になって話題になり、
節水型乾田直播栽培が普及し始めたばかりである。
日本のコメの生産費は個別経営体で
1キロ当たり約260〜270円、
規模の大きい組織法人経営体でも
約200円強かかる
(出典:農林水産省『農業経営統計調査』)。
長粒種を中心にベトナムの農家の
出荷価格が40〜50円程度という
低価格から考えると、
日本の生産コストはその4〜7倍程度にあたる。
物価全般が高い日本の稲作では、
すぐに真似できる数字ではない。
ただ、
経営を合理化するためにスマートに
経営を考え、
コストダウンを徹底するという考え方は、
日本でも取り入れられるだろう。
海外視点を持たないと日本のコメ政策が
独りよがりのものになり、
日本の稲作がこのまま内向きに進めば、
10年後には世界の競争から
取り残されるのではないかと心配になる。
現在の「価格差」は、
今までの日本の「視野の狭さ」を表していないか。
国内市場だけを見ていては、
日本のコメ産業は持続できないだろう。
今後、
一部の生産者が行っている直播や
作業委託(コントラクター)による
コストダウンや環境保全などを明示した
付加価値の向上などは進めて行くべきだ。
今こそ現実を直視し、
国際的な視野で日本のコメづくりの
あり方を再検討すべき時ではないか。





