1喧嘩はするな、
2意地悪はするな、
3過去をくよくよするな、
4先を見通して暮らせよ、
5困っている人を助けよ、
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Rupan by サロンディレクターNao
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2025/1/19
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「日本の神さま」は 「招かれるお客さま」だった… 日本人でも知らない 「驚きの真実」 |
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「日本の神さま」は「招かれるお客さま」だった…日本人でも知らない「驚きの真実」「わび・さび」「数寄」「歌舞伎」「まねび」 そして「漫画・アニメ」。 日本が誇る文化について、 日本人はどれほど深く理解しているでしょうか? 昨年逝去した「知の巨人」松岡正剛が、 最期に日本人にどうしても伝えたかった 「日本文化の核心」とは。 2025年を迎えたいま、 日本人必読の「日本文化論」をお届けします。 「客神」としての日本の神々さて、 これで「柱の文化」が大切な土地に 「柱を立てる」という行為をともなっていたことが あきらかになったと思います。
古代の日本人にとって「柱を立てる」ことは、 1つの小さな村の「村立て」から 大和政権の「国づくり」にいたるまで、 何らかの共同体を始めるにあたって不可欠なことでした。 それが地鎮祭として今日につながっていたのです。 このようにその場所を新たなスタートの儀式で示すことを、
「結界する」とも言います。
まず「そこ」をつくりたいと思う場所に1本の柱を立てるか、
ないしは目印になる立派な木を決め (クス・シイ・ブナ・ケヤキ・イチョウなど)、 まわりに4本の柱を立て、 そこに注連縄などを回すことで結界しました。
結界することによってその中に 神を呼びこもう(招こう)と考えたのです。 地鎮祭はこのモデルを借りているのです。
日本では柱は四方四界を区切るための ものとして立てたのです。
同じことがシテ柱や目付柱をもつ 能舞台などにも適用されました。
そこには結界があるばかりで、 ほかには何もない。
そして、何もないからこそ、 そこに神々が降臨したり、 シテやワキが登場してくるのです。
このことは、 とても重大なことを告げています。
それは「日本の神々は客神であった」ということです。
「マレビト」としての神客神とはゲストの神ということです。 ユダヤ・キリスト教の神は唯一神であるとともに ホストの神です。
だから「主よ」と祈る。
日本人は神さまには「主よ」とは祈らない。 なぜなら、 日本の神々は常世から「やってくる神」であって、 そのあとさっさと「帰っていく神」だからです。 「迎える神」であって「送られる神」であるからです。 だから日本の神々はゲストの神、 客なる神、つまり客神なのです。 このことは、 大事なスタートのために結界をつくってそこに 柱を立て、
その柱を神に見立てるという、
考えてみればたいへん摩訶不思議な 認知の仕方を説明してくれます。
なぜこんな不可知なやり方をしているかといえば、
日本の神々は定位置にいる神でも常在する神でもなく、 迎えられ、 送られる神だったからなのです。
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このことについては、 本書のいろいろなところで再三説明しますので、 ここではこの程度にしておきます。
なお折口信夫は客神のことを 「マレビト」とも言いました。
「稀にやってくる」のでマレビトなのです。
日本文化の知られざる魅力に迫っていきます。 ぜひご覧ください。
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