「iPS細胞技術の最前線で何が起こっているのか」、
「将棋をはじめとするゲームの棋士たちはなぜ
人工知能に負けたのか」…
もはや止めることのできない科学の激動は、
すでに私たちの暮らしと世界を変貌させつつある。
人間の「価値」が揺らぐこの時代の未来を見通すべく、
“ノーベル賞科学者”山中伸弥と“
史上最強棋士”羽生善治が語り合う
『人間の未来AIの未来』(山中伸弥・羽生善治著)
ゲノム解読の可能性
羽生 多くの人のゲノムが解析されていくと、
具体的にどういうメリットがあるのでしょうか。
山中 これまでは一つの病気に対して
どの人にも同じ薬を投与して、
効く人はよかったけれども、
効かない人もたくさんいました。
さらに、
ある人には効くどころか副作用が起こってしまいます。
人間には当然、個人差があります。
その辺りがまったく予測できず、
やってみなければわからないのが実情でした。
しかし、ヒトゲノムが解読されてから、
ゲノム配列の細かな個人差が
体質の差につながる可能性が明らかになっています。
一人ひとりの“設計図”が読めるように
なってきたことで、
ゲノム情報から一人ひとりの病気のかかりやすさや
薬の効き方を予測できるのではないかと
期待されているんです。
いわゆる「オーダーメイド医療」とか
「プレシジョン・メディシン」
(精密医療)と言われています。
実際、「東北メディカル・メガバンク計画」では、
東日本大震災後に東北地方の
何万人という人のゲノムを全部解読して
医療情報とゲノム情報を組み合わせた
バイオバンクを構築する計画が進んでいます。
ただ、ヒトゲノムの30億塩基対もの
情報量が手に入るようにはなりましたが、
問題はその意味がまだわからないことだらけ、
ということです。
今までほとんど知らなかった言語の
百科事典が一冊簡単に手に入るようになった、
でもそれを開いて見ても、
何が書いてあるかまったくわからない
ページがいっぱいある――
現状はそんなところです。
「ガラクタではなかった」
羽生 その文字というか塩基の配列の
意味が解けないわけですね。
山中 はい。ごちゃごちゃして
余分だったり無駄だったりして見えるので
「ジャンクDNA」「ガラクタ遺伝子」と呼ばれていますね。
ジャンクDNAは面白いんですよ。
ヒトゲノムの“下書き版”が完成した2000年、
アメリカのクリントン大統領と
イギリスのブレア首相が共同で
記者会見を開いて完成を世界に
高らかに宣言しました。
羽生 大々的にニュースになっていましたね。
山中 当時、ゲノムの7、8割は、
意味のない繰り返し配列だったり、
太古の昔に入り込んだウイルスの配列だったりで、
もうまったく無駄な「ジャンク配列」だと思われていました。
でもその後、
十年も経たない間に、
そのジャンクにいっぱい
意味があることがわかってきたんです。
羽生 ガラクタではなかったんですね。
山中 ということになってきています。
ヒトゲノムはまだまだ
未知の世界
山中 だいたい、ゲノムが解読されるまで、
僕を含めて研究者たちはみんな、
自分たちには遺伝子が10万個
くらいあるだろうと信じていたんですね。
それが解読を終わってみると、
2万個くらいに減ってしまって(笑)。
羽生 いきなり5分の1に。
山中 はい。でも今また、だんだん増えていって、
約3万個と言われています。
羽生 若干の増減があるんですね。
山中 それもまだ確定していません。
だから配列を全部読むことはできたんですけれども、
意味はまだまだつかみきれていないのが実情です。
<参考:>
山中 伸弥 ・ 羽生 善治
京都大学iPS細胞研究所所長
1喧嘩はするな、
2意地悪はするな、
3過去をくよくよするな、
4先を見通して暮らせよ、
5困っている人を助けよ、