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【創世神話の謎】『古事記』と『旧約聖書』
に共通する「言葉」と「7」の法則【大人の教養】
「この世界は、
いったいどのようにして始まったのだろう」
という問いは、
時代や場所を超えて、
人々の心を捉えて離しませんでした。
遠く中東の地で編まれた『旧約聖書』と、
この日本列島で語り継がれた『古事記』。
一見するとまったく異なる風土から生まれた
二つの創世神話ですが、
そこにある事実を並べて観察してみると、
いくつかの不思議な共通点が浮かび上がってきます。
ここでは、文学や芸術、
そして歴史の波間に潜む面白さを、
なるべく難しい言葉を使わずにひもといています。
今回は、
二つの偉大な物語がどのように
世界の始まりを描いたのか、
「言葉」と「数字」
という手がかりから静かに観察してみましょう。
1. 始まりの風景
世界の始まりを描くとき、
二つの神話はそれぞれ対照的な
風景を用意しています。
『旧約聖書』の「創世記」は、
「初めに、神が天と地を創造した」
という力強い事実から始まります。
何もないところに、まず神が存在し、
そこからすべての世界が生み出されていくという
「無からの創造」の風景です。
一方、『古事記』は少し違います。
「天地初めて發(あらわ)れし時に、
高天の原に成れる神の名は」と記されているように、
まず天地が現れ、その後に神が登場します。
無から有を創り出すのではなく、
すでに存在している混沌とした空間の中から、
神が姿を現すのです。
出発点の景色は異なりますが、
どちらの物語も、
世界が整えられていくその中心には、
確かな「言葉」の力がありました。
2. 「光あれ」と神々の名前
『旧約聖書』において、
神は「光あれ」という言葉(ロゴス)
によって光を生み出し、
闇とを分けます。
自らの言葉のみで、
混沌に秩序を与えていくのです。
では『古事記』を開いてみます。
日本神話では、
神が明確な言葉を発する
場面は少ないように見えますが、
神々の「名前」そのものが、
世界を創る言葉として機能しています。
たとえば、
天地の初めに登場する「タカミムスヒの神」
「カミムスヒの神」の「ムスヒ」とは、
万物を生成発展させる不思議な力を意味します。
また、
「ウマシアシカビヒコヂの神」は、
葦の芽のように生き生きとした
生命力そのものを表しています。
神が人格を持って言葉を発するのではなく、
起こった出来事や生成の過程そのものが
「神の名」という言葉として表現されているのです。
声に出された言葉と、
名付けられた言葉。
形は違えど、どちらの物語も
「言葉が世界を形作る」
という確かな感覚を共有しています。
3. 水を分け、大地を乾かす
世界が形作られていく過程の描写にも、
目を引く重なりがあります。
『旧約聖書』では、
神は天の上と下の水を分け、
水を集めて乾いた大地を創り出します。
『古事記』でも、
最初は「浮ける脂の如く」漂っていた大地が、
泥(ウイジニ)から砂(スイジニ)へと次第に乾き、
固まっていく過程が、
順番に現れる神々の名によって示されています。
また、
天上の水(雲)を象徴する神も登場します。
どちらの古代の人々も、
空から降る水と大地にある水、
そして生命を育むための
「乾いた確かな地面」の誕生を、
世界の基礎が整う重要なプロセスとして
観察していたことがわかります。
4. 生命のリズムと「7」の法則
そして、
両者を結びつける最も不思議な
共通点が「7」という数字です。
『旧約聖書』において、
神は6日間で世界を創り、7日目に休息します。
『古事記』では、
世界の土台が固まり、
男女一対の神(イザナギとイザナミ)が
登場するまでの神々の系譜を
「神世七代(かみよななよ)」と呼びます。
この「7」という数字は、
生命の誕生や生成の周期と深く
結びついているとも言われています。
人間の月経周期が約28日(7×4)、
妊娠期間が約280日(7×40)。
犬や猫の妊娠期間が約63日(7×9)、
鶏の孵化が約21日(7×3)であるように、
自然界における生命のサイクルは、
驚くほど「7の倍数」に近いリズムを刻んでいます。
世界と生命が整うまでの期間に 「7」という数字が置かれている事実は、
古代の人々が、
日々の営みの中で生命の静かなリズムを
皮膚で感じ取っていたことの
証明とも言えるでしょう。
5. 見えないものへの眼差し
『旧約聖書』の神は、
むやみに人間の姿として描かれることのない
「隠れた神」「見えない神」
としての性質を持っています。
同じように、
『古事記』の初めに登場する五柱の神々
(別天つ神)も、
現れてはすぐに「身を隠しき」と記され、
その具体的な姿を私たちの前に
見せることはありません。
遠く離れた異なる風土で、
言葉も文化も交わることのなかった人々。
しかし彼らは皆、
自分たちの力では及ばない巨大な世界の働きや、
生命が生まれ出る静かな力を、
姿を持たない「見えないもの」として、
同じように畏怖の対象としていたのです。
結び:人間が世界を見つめる形
二つの創世神話をひもといていくと、
そこにあるのは誰かが決めた絶対的なルールではなく、
人間がこの世界をどう認識し、
どう言葉にしてきたかという、
静かな観察の記録であることがわかります。
水と大地を分け、
言葉によって秩序を与え、
生命のリズムを刻む。
今夜、星空を見上げるとき、
数千年前の人々が同じように空を眺め、
言葉を紡いだその静かな時間に、
少しだけ思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
今回の一節
「吾輩は猫である。名前はまだ無い。
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。
何でも薄暗いじめじめした所で
ニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。」
(夏目漱石『吾輩は猫である』より)
「名前がない」状態から、
ぬかるんだ暗闇の中で生命としての
意識を持ち始める。
このあまりにも有名な書き出しは、
ひとつの命が世界に出現し、
自己を認識していく過程を、
余計な装飾なく、
ただの事実として描いています。
言葉を与えられる前の、
世界の始まりの静けさに通じる名文です。
<参考: >
1喧嘩はするな、 2意地悪はするな、 3過去をくよくよするな、 4先を見通して暮らせよ、 5困っている人を助けよ、
あなたなら出来ます応援しています
Rupan by サロンディレクターNao
ホームページ https://rupan.p-kit.com/
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