誰かの声に合わせて動くことに、
少し疲れていませんか。
「ちゃんとしなきゃ」
「期待に応えなきゃ」と思うたびに、
心の奥の音量を、
少しずつ絞ってしまう。
気づけば、
自分が何を感じているのかさえわからなくなる。
外のリズムに慣れすぎて、
内側のテンポを忘れてしまう。
人が音を失うのは、静けさの中ではなく、
他人の音でいっぱいになったとき
なのかもしれません。
この例として、
楚の将軍・項羽が四方を囲まれた夜、
敵陣から祖国の歌が響いたという。
その瞬間、兵士たちは絶望した。
四面楚歌
帰る場所はもうない。
自分たちの歌が、
敵の声で歌われている。
音は剣よりも深く、人の心を切り裂く。
（絶対に争いに音楽を使わないでほしい）
けど、このエピソードからわかるのは、
音楽の力がすごいということ。
音楽療法士として働く中で、
僕も似た瞬間を経験した。
患者の呼吸や声に集中するうちに、
いつしか自分の中の音が消えていく。
考えることが止まり、
ただ対応だけが続く。
その沈黙の中で、
ふと気づいた。
考えないままでは、
人は自分を支えられないのだと。
心理学者エドワード・デシと
リチャード・ライアンは、
「自律性（autonomy）」を
人の根源的な欲求として挙げています。
“An understanding of human motivation
requires a consideration of innate
psychological needs for competence,
autonomy, and relatedness.”
（人間の動機づけを理解するには、
能力・自律性・関係性という
生得的欲求を考慮する必要がある）
Deci & Ryan, Psychological Inquiry（2000）
この自我決定理論によれば、
「自分のために考える」とは、
他者から奪われたテンポを取り戻す行為。
それは、外の拍子に合わせるのではなく、
自分のリズムで奏で直すことに近い。
人は自分の音を取り戻した瞬間、
もう一度動き出せる。
考えるとは、
論理ではなく旋律的だと思うのです。
心理学者ミハイ・チクセントミハイは、
行為そのものに喜びを見出す
「自己目的的（autotelic）」な人を
こう述べました。
“An autotelic person doesn’t need
external rewards …
they experience flow in all areas of life.”
自己目的的な人は、外的な報酬を必要とせず、
行為そのものの中に喜びを見出す
Csikszentmihalyi, Flow:
The Psychology of Optimal Experience（1990）
考えることも、まさにこの流れの中にある。
結果のためでなく、
思考そのものが生きることの音楽になる。
そのための練習は、些細なものでも大丈夫。
・朝のコーヒーの香りに耳を澄ませる
・通勤中、イヤフォンを外して街の音を聴く
・夜、今日一日の「自分のテンポ」を思い出す
それだけで十分。
音楽がそうであるように、
思考もまた練習によって澄んでいく。
「考えすぎて疲れた人」ではなく、
「考えることをやめてしまった人」に届けたい。
外のリズムがうるさすぎて、
自分の音が聴こえなくなった人へ。
他人の拍に合わせることに慣れたあなたへ。
思考を取り戻すとは、
誰かのための努力をやめることではなく、
自分のための音を思い出すことです。
静かに耳をすませてみてください。
外の世界がどれほど騒がしくても、
あなたの中には、
まだ鳴っている音楽があるはずです。
その音が、
あなたをもう一度、動かしてくれる。
