自分の一大事は他人にとっての瑣末事
言い間違い、ミス、恥ずかしい振る舞い。
何日も引きずってしまうような出来事が
起きたとしても、
もしかすると、
周囲の人にとってはもう記憶にも
残っていないかもしれません。
私たちは、
自分自身の失敗や不完全さに敏感です。
ただそれは、
自分の感情に四六時中
アクセスしているため当然のことです。
緊張している、恥ずかしい、やってしまった。
そうした感情の強さゆえに、
その出来事を重大なものと感じてしまうのです。
しかし、他者の視点はまったく違います。
たとえば、
あなたがプレゼンで言葉に詰まった場面。
自分では「ひどい失敗だった」と
思っていたとしても、
聞いていた側は
「緊張してたけどがんばっていたな」
程度で済んでいることがほとんどです。
それどころか、
数時間後にはそのこと自体を
覚えていない可能性すらあります。
なぜなら、
他人の頭のなかには
「あなたの人生のストーリー」など
存在しないからです。
人は皆、
自分自身の生活、問題、感情に忙しく、
他人の失敗を主人公視点で見ることはありません。
むしろ、他人の失敗は
「その人に起きた一つの出来事」、
つまり単発のエピソードとして
処理されるのが普通です。
他者の中では
「終わった出来事」になっている
これは、自己奉仕バイアスと関係があります。
自分の行動については「状況のせい」と
考えがちですが、
他人の行動は「その人の性格や能力」
として捉えやすい。
このバイアスの裏返しで、
私たちは
「自分の失敗はみんなの印象に残る」と
思い込みやすいのです。
しかし実際には、
他人の記憶において、
あなたの失敗はその日の出来事の
一つでしかありません。
つまり、
あなたにとっては未完了の痛みであっても、
他者にとっては完了済みの出来事なのです。
この視点は、
ツァイガルニク効果と対照的です。
自分のなかでは整理できていない失敗でも、
他人のなかではもう終わった話として
記憶が閉じている。
そこに気づくだけで、
なぜ自分だけが引きずってしまうのか
という苦しさが少し軽くなります。
だからこそ、
次のように考えてみてください。
「この失敗は、他人にとっては
ドラマのワンシーンのようなもの。
どうせすぐに別のエピソードに上書きされていく」と。
人はみな、
日々たくさんの場面を見て、
記憶して、忘れていきます。
他人の失敗にいちいちこだわり続けている人は、
実はほとんどいません。
人の目を気にするのは人類の生存戦略だった
私たちは日常のさまざまな場面で、
他人の目を意識しながら生きています。
しかし、それは単なる気にしすぎではありません。
進化心理学の観点から見ると、
他人の評価に敏感であることは、
かつての集団生活で生き残るための適応的戦略でした。
人類は、
何十万年ものあいだ小さな集団で暮らし、
集団に受け入れられることが生き残るうえで重要でした。
そのため、「どう見られているか」を意識する
能力が脳に組み込まれていったと考えられています。
他人の評価=集団からの受容であり、
受け入れられることは生存に直結していたのです。
こうした理由から、
現代においても否定的な評価に対して
過剰に反応しがちですが、
もはや集団からの排除が命に
関わる時代ではありません。
この進化のギャップが、
「気にしすぎ」の根本にあるとも言えます。
そこで重要になってくるのが、
評価に対する反応の「距離の取り方」で
「いずれ過ぎ去る一場面にすぎない」と考える
ミシガン大学のクロスらは、
被験者にストレスのかかる出来事を
思い出させたうえで、
自分の名前を使って自己に語りかける
「第三者的な視点」を取らせたところ、
ストレス反応と否定的な自己評価が
有意に低下したことを報告しています。
この研究は、
他人の評価を受けて動揺したときに
「私はこう感じている」ではなく、
「○○(自分の名前)はいまこう感じている」と、
少し引いた視点で自分を見ることが
有効であることを示しています。
また、カリフォルニア大学バークレー校の
ブリュールマン=セネカルとアイドゥクの研究では、
過去のネガティブな出来事を
「遠い未来から振り返る視点」で考えさせたところ、
ストレスやネガティブ感情が
顕著に軽減されることが示されました。
彼らは、こうした時間的距離の取り方が
「これはいずれ過ぎ去る一場面にすぎない」と
考える無常の意識を高め、
結果として評価への過敏な
反応を抑えるとしています。
さらに、
自己評価と社会的評価のギャップに関する研究でも、
他人の反応は状況依存であり、
一貫性に欠けることが多いということが知られています。
テキサス大学オースティン校のスワンらの研究では、
人は「自分はこういう人間だ」と思っている
イメージと合った評価を、
他人からも受け取りたいと自然に思う傾向があり、
そうした一致した評価を受けることで
気持ちが安定しやすくなることがわかっています。