次に起こるのは1000年後かもしれない災害のために、
税金から巨額の対策費を支出し続けることに、
999年間いちども文句を言わない
覚悟がある人はおそらくいない。
じつは現在は地球史において
めずらしい時代
地球の過去には、
現代とまるで似ていない時代があった。
現代の基準では「災害」としか表現できない出来事が、
日常的に繰り返していたような時代もあった。
じつは現代は、
地球の歴史の中では比較的めずらしい、
おだやかで暮らしやすい時代なのである。
『人類と気候の10万年史』では、
現代からはイメージしにくい地球のもうひとつの素顔、
激しく変動する惑星としての表情について、
最新の地質学的な証拠を元に紹介する。
災害にはさまざまな種類があるが、
とくに気候変動を取り上げる。
中でも、
今後100年でゆるやかに進行する
温暖化といった話ではなく、
もっと激しく暴れ回る「やっかいな」気候変動について、
ページをやや多めに使って紹介しようと思う。
地震や津波は、
一瞬で何万人もの命を奪って人々に衝撃を与える。
気候変動にはそのような激烈さはない。
だが、
たとえば1980年代にアフリカで起きた干ばつでは、
数年の間に300万人以上が犠牲になった。
少なくとも死者の総数で見る限り、
その規模は東日本大震災の100倍を超える。
飛行機は1回の墜落で
数百人を犠牲にしてニュースになるが、
自動車の事故で亡くなる人の数が、
全世界の合計だと3日で1万人に
達することはそれほど注目されない。
ニュースとしてのインパクトの大きさは、
出来事の深刻さを正確に反映するとは限らない。
そういう意味では、
気候変動は飛行機よりもおそらく
自動車の事故に似ている。
『人類と気候の10万年史』では、
あまり認識されていない
気候変動の本当の脅威について、
新しい知見を元に考察する。
大きなニュースにならないが
自動車の事故で亡くなる人の数は
3日で1万人と非常に多い。
有史以前の気候変動を解明する
研究は古気候学と呼ばれ、
基本的には地質学の一分野である。
地質学は従来、
数万年や数億年といった長大な
時間を対象にすることが多かった。
それだけ昔のことになると、
年代の推定にも普通は大きな誤差がともなう。
たとえば恐竜の大絶滅は、
最近の研究ではおよそ
6604万年前と推定されているようである。
以前よりはだいぶ絞り込まれてきた印象だが、
それでもこの推定にはまだ
プラスマイナス3万年の誤差が残っている。
人間の視点で見れば、
3万年と永遠の間にそれほど大きな違いはない。
慌てて補足すると、
人間の時間とかけ離れているからといって、
その学問分野の価値が下がるわけでは決してない。
大昔の出来事や生命進化の道筋を理解することで、
人間はそれ以前よりもはるかに健全な世界観を手に入れた。
このことは、
突き詰めれば世界の平等や平和にまで貢献しており、
その意義はどれだけ強調されてもされすぎることはない。
だがいっぽうで、
それほど長い時間の話に壮大なロマンや
深遠な哲学はあるものの、
本当の意味でのリアリティーに乏しいことは
紛れもない事実であろう。
だからこそ、
10年の物語なら小説になりえるが、
1000年の話は原則として教科書にしかならない。
伝統的な地質学は、
人間にとって馴染みの深い、
数年から数十年の時間を扱うことを
どちらかといえば苦手にしてきた。
このことは、
たとえば地球温暖化などの
現代的な問題に貢献しようとするとき、
古気候学の大きな足かせになっていた。