宇宙はどのように始まったのか……
これまで多くの物理学者たちが挑んできた難問だ。
火の玉から始まったとするビッグバン理論が有名だが、
未だよくわかっていない点も多い。
そこで提唱されたのが「インフレーション理論」である。
近年、さまざまな研究の成果から、
マルチバース(multiverse)という言葉が流行してきています。
宇宙は一つ(uni)ではなく、
多数(multi)であるというのです。
実は私のインフレーション理論でも
多数の宇宙が生まれることは予言されていて、
本書でも「子宇宙」「孫宇宙」という言葉が
ときどき出てきました。
そのほかにもさまざまな理論によって、
宇宙は多様に存在しているらしいと考えられるようになり、
マルチバースという言葉が定着しつつあるのです。
そこで、
ここからはマルチバースの話をしていきます。
なかには少しイメージするのが難しい内容も
あるかもしれませんが、
あまり細部にこだわらず気楽に読み進めてください。
無数の「子宇宙」「孫宇宙」
インフレーション理論はビッグバン理論の
困難を解決してきただけではなく、
まったく新しい宇宙の描像を描き出してもいます。
それは、宇宙が急激な膨張をするとき、
早くにインフレーションを起こして膨張している場所と、
インフレーションをまだ起こしていない場所とが
小さな泡のようにいくつも混在することによって、
多数の「子宇宙」や「孫宇宙」が
生まれてくるというものです。
これは、
私と共同研究者が1982年頃に
説いたことなのですが、
インフレーションで宇宙が急激な膨張をするとき、
宇宙全体が手を携えていっせいに大きくなるとは限りません。
互いに連絡がとれないような遠いところまで、
同時に、
同様にインフレーションが起きるという
必然性はないのです。
つまり、
でこぼこだらけの膨張を起こす
可能性は十分にあるわけです。
これは現在の宇宙のような数百億光年という
「小さな」スケールの話ではありません。
われわれの宇宙を超えた、
とてつもなく大きな話です。
そういうスケールで見ると、
インフレーションを起こして急膨張をしている場所と、
インフレーションが終わって緩やかな
膨張をしている場所が宇宙にはいくつも
混在していると考えられるのです。
「ワームホール」と呼ばれる
ふしぎな現象も…
そうすると、
とても不思議な現象が起こることがわかりました。
周囲よりも遅れてインフレーションを起こした領域は、
先にインフレーションを起こして
宇宙規模の大きさを持った周囲の領域から見ると、
表面は急激に押し縮められているけれども、
その領域自体は光速を超える速さで急激に
膨張して見えるということが、
相対性理論から導き出されたのです。
まるでブラックホールでもつくっているかのように
表面が急激に押し縮められている領域が、
全体としては急激に膨張している。
一見矛盾するこの問題に、
当初、私自身も悩みました。
しかし、何度計算しなおしても、
まちがいではありません。
ところが、さまざまな可能性を探っているうちに、
次のような描像が見えてきたのです。
実は、表面を急激に押し縮められている部分は、
虫食い穴のような小さな空間になりながら、
周囲の空間と、
新たにインフレーションを起こした空間をつないでいる。
そして、新たにインフレーションを起こした
空間は急激に膨張して、
やがて新しい宇宙になる、というものです。
これならば、
周囲から表面を急激に押し縮められている空間が、
なおかつ急激に膨張するということが
矛盾なく説明できます。
こうして、
すでにインフレーションの終わっている
領域を親宇宙とするならば、
急膨張した場所が子宇宙となり、
さらに遅れて孫宇宙が生まれるというように、
まん丸い親宇宙から、
いくつものマッシュルームでも生えてくるように、
無数の子宇宙、
孫宇宙が生まれるというモデルができあがったのです。
押し縮められる虫食い穴のような
空間のことをワームホールと呼んでいます。
これらの子宇宙、孫宇宙は、
ワームホールもやがて消えて、
親宇宙とは完全に因果関係の切れた、
独立した宇宙になっていきます。
これが、
インフレーション理論が予言する
マルチバースの考え方です。