「テレポーテーションは

実現可能」と科学者

 
 

1993年、

テレポーテーションが実現可能であることを

示したのはIBMの研究チームだった。

 

 

物体をそのままテレポーテーションするのではなく、

量子の状態にまで分解して

テレポーテーションを行うという論文を、

 

物理学の専門誌

『フィジカル・レビュー・レターズ』に

発表したのだ。

 

その5年後の1998年、

米カリフォルニア工科大学と

英ウェールズ大学の物理学者たちが、

その理論を実践して見せた。

 

 

 

テレポーテーション
 

 

 

衛星信号やブロードバンドインターネット接続

(大容量通信ができるインターネット接続サービス)に

使用される同軸ケーブル(被覆電線の一種で、

 

外部導体(編組)と内部導体(心線)が

同心円上に配置された電気通信用ケーブル。

 

 

略称「coax」)を通じて、光子(光の量子)を

1メートル先にテレポートさせたのだ。

 

これは、

世界初の量子テレポーテーション

実験の成功だった。

 

 
瞬間移動させるという発想は、
 
空飛ぶクルマやタイムトラベルと同様に、
 
 
とても魅力的な響きを帯びている。
 
 
 
不可能に思えるテレポーテーションだが、
 
量子コンピューター技術の飛躍的進歩に
 
よってそれが現実になると
 
科学者たちは確信している。
 
 
 

それまで光子を用いるに留まっていた

量子テレポーテーション実験だが、

 

2020年になると、

電子をテレポートできる可能性

があることに科学者たちは気づいた。

 

 

電子であれば、

光子よりも長く量子状態を維持することができる。

 

ならば、

さらに複雑な物質を移動させる

ことも可能ではないか?

 

 

光子や電子をA地点からB地点へ

瞬間移動させることができるのであれば、

 

原子や分子、

細胞、あるいは勇気ある人間の

全身テレポーテーションも

夢ではないのだろうか?

 

そして、これこそが最大の問題となるだろうが、

 

もし人体を量子テレポーテーションで

移動させる方法が見つかった場合、

はたしてそれを実行すべきなのだろうか?

 

 

結局のところ、

あなたの身体のすべての量子が

テレポート先で再び組み合わされるとしたところで、

 

完全に元の状態のまま、

まったく無傷であるという保証はどこにもない。

 

 

 

 
 
 

量子テレポーテーションの原理

 
 

量子コンピューティングの世界は、

「量子もつれ」という奇妙な科学現象に基づくものだ。

 

この「量子もつれ」は、

私たちの日常を彩るニュートン力学

(つまり質量や力などの働きに関わる運動法則)とは

無関係に生じるもので、

 

量子力学の領域にある。

 

素粒子レベルの物質やエネルギーが

不可解な振る舞いをする領域だ。

 

 

位置や運動量や回転や偏光など、

絡み合う二つの粒子の物理的性質や状態は、

互いの距離がどれだけ遠かろうと、

 

一方の粒子から他方の粒子にそのまま伝播するという、

魔法のような現象が起きるのである。

 

 

 

テレポーテーションのイメージ
 

 

 

この奇妙な自然原理を私たちの

現実世界に応用したものが、

 

量子コンピューティングという極めて

興味深い分野だ。

 

今、私たちが使っているコンピューターが

2種類(1か0)の電子ビットを

ベースにしているのに対し、

 

量子コンピューターはそれら2種類の状態を

併せ持つ量子ビット

(キュービット=qubits)で動作する。

 

これは「量子重ね合わせ」あるいは

「コヒーレント重畳(ちょうじょう)」と呼ばれている。

 

 

量子ビットは呼応するそれぞれの

状態に存在するため、

 

一度に二つの計算を行うことができる。

 

「量子もつれ」を利用して、

この量子ビットをリンクさせることで、

コンピューターの計算能力は

指数関数的に向上する。

 

量子コンピューターを使えば膨大な

計算を超高速で処理できるのだ。

 

Googleが2019年に発表した研究によると、

当時最速のスーパーコンピューターで

1万年かかる計算を、

量子回路なら200秒ほどで処理できてしまうという。

 

 

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そのため、

量子コンピューティングの分野は、

今の私たちにとって最も実用性の高い

「量子もつれ」研究なのだ。

 

そして、

ともすればテレポーテーション工学を

発展させうるツールなのだ。

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 

量子テレポーテーションの

成功例はあるのか?

 
 
 

1990年代に盛んになった

テレポーテーションの技術開発だが、

 

2002年にはオーストリアの

インスブルック大学と米国立標準技術研究所の

研究チームが「量子もつれ」を用いた

粒子のテレポーテーションに成功している。

 

 

元の粒子と移動先の粒子が一切絡み合うことなく

テレポーテーションに成功した初めての例である。

 

そして2016年には、

カナダのカルガリー大学の

ヴォルフガング・ティッテル博士

 

(Dr. Wolfgang Tittel)らがレーザー装置で

発生させた光子と市内の

光ファイバー製データケーブルを使って、

 

6km先の目的地まで量子情報を

テレポートさせることに成功した。

 

 

さらにその翌年(2017年)、

中国の科学者たちは地球から186マイル(約300km)

以上の上空を周回する衛星に向けた

量子テレポーテーションを成功させた。

 

 

 

テレポーテーションのイメージ
 
 
 
 

おそらく、

最大の節目となったのは

2012年の実験だろう。

 

オーストリアのウィーン大学と

オーストリア科学アカデミーの研究チームによって、

 

スペイン領カナリア諸島に浮かぶ2島間で、

屋外での光子の量子テレポーテーションが行われた。

 

 

レーザー光線の照射によって、

つまり光ファイバーなどの固定された媒体を使わずに、

量子テレポーテーションを成功させたのである。

 

これは、

私たちがSF映画などで目にする

テレポーテーションのイメージに近い。

 

 

 
  • hand holding bacterial tube under uv light
 
 
 

 

 

アインシュタインも悩まされた

「不気味な遠隔作用」

 
 
 

科学者たちは、

遠隔に位置する粒子の物理的状態を

一定に保つ不思議な力を構築することもできる。

 

アリゾナ州立大学のビヨンド・センターで

ディレクターを務める理論物理学者の

ポール・デイヴィス博士によれば、

 

この不思議な力によって、

大きく離れた場所にある二つの光子を

同じ量子状態にすることが可能だという。

 

 

 

「要するに、左右の手袋のように

古典的な物体としてのペアではあり得ない方法で、

 

一対の光子の振る舞いを

相関させることができる」とデイヴィス博士は語る。

 

 

例えば、A・B・Cという

三つの粒子を思い浮かべてみよう。

 

 

粒子Bと粒子Cは互いに絡み合う(

「量子もつれ」の)関係にあり、

 

その粒子Cに対して、

粒子Aの持つ(運動エネルギーなどの)

物理的性質をテレポートさせたいとする。

 

まず、粒子Aと粒子Bを絡み合わせる。

 

その上で、

その性質を量子Cに送ると、

粒子Aの性質が粒子Cに

適用されていることが観測される。

 

言い換えれば、

これは粒子Aが粒子Cにテレポートしたのと同義であり、

 

粒子間の量子状態の移動が行われた

ということになる。

 

このような効果を指して、

アインシュタインが「不気味な遠隔作用

(spooky action at a distance)」

と呼んだのは有名な話だ。

 

 

 

 

 

現状の課題点は何か?

 
 

現時点ではまだ、

科学者たちは量子状態を伝送するための

理想的なメカニズムに辿り着いてはいない。

 

前述のとおり、

同軸ケーブルと光ファイバーケーブルを用いた

実験が行われており、

 

また2012年のカナリア諸島の実験のように

転送媒体を完全に排した実験にも

成功している。

 

 

光パルス、あるいは電波が最良の

選択肢ということになるのだろうか?

 

となると、

テレポーテーションは宇宙の真空でのみ

機能するということになるのだろうか?

 

 

絡み合う粒子間で起こる通信の秘密は、

その波動関数にあると研究者たちは考えている。

 

まるで大海を行き交う波のように、

振幅、波長、周波数といった

位相がそこにあるからだ。

 

 

量子状態の絡まり合う粒子に対する

「量子もつれ」による情報伝達が起きると、

 

元の粒子の量子状態は自然と

破壊されてしまうという奇妙な現象が起きる。

 

科学者たちは、

この問題にも対処しなければならない。

 

「その効果として、

粒子の持つ性質上の可能性のうち、

 

特定のものの波動関数が不可逆的に

“崩壊”してしまう」と

デイヴィス博士は述べている。

 

「この問題を解決する方法については

多くの議論がなされているが、

合意には至っていない」と博士は捕捉する。

 

 

それはつまり、

移送した物が何であれ、

そのオリジナルコピーは

消滅してしまうということだろうか?

 

この疑問はいまだ解かれておらず、

人間のテレポーテーションを

どう考えるべきかという倫理的な問題もそこに残る。

 

 

テレポーテーション=

物質そのものが

移動することではない

 
 

要するに現時点では、

ある場所から別の場所へと人間を

そのまま瞬間移動させるという

テレポーテーションの夢は不可能なままだ。

 

 

個体差はあれど、

人体はおよそ

5.72 ×10^27個の原子でできている

(「10^27」=「10の27乗」の意味)。

 

それら原子のそれぞれが、

電子・陽子・中性子などの

素粒子によって構成されている。

 

 

素粒子はいずれもクォークやミューオン

(いずれも素粒子のグループ)といった

小さな要素からできており、

 

独自の量子状態を備えている。つまり、

A地点にいるあなたの肉体をそのままB地点に送り、

 

原形どおりに再構成するためには、

膨大な数の量子状態の計算が

必要となることが分かるだろう。

 

 

量子力学の可能性が明らかになる以前、

原子の時代のSF作家の多くが、

 

分解されて移送された物体そのものが、

現地で再構成されることをイメージしていた。

 

だが、

「量子状態を決定する情報が

“量子もつれ”により移動するのであり、

 

物質そのものが移動するのではない」と

デイヴィス博士は言う。

 

 

デイヴィス博士ほか多くの科学者が言うように、

生命を定義するのは

物質そのものではなく情報である。

 

 

あなたの体を作る原子とは、

岩やゴムボールの中にある原子と同じものなのだ。

 

 

違いがあるとすれば粒子の数と配置であり、

そのことで科学的相互作用が決定する。

 

 
 
 
 

将来、

量子コンピューターの

テクノロジーが飛躍的に進歩し、

 

処理能力の限界を超えていくようになれば、

 

量子スキャンした人体を、

電子メールの添付ファイルのように

送信するだけでテレポーテーションが

できるようになるかもしれない。

 

 

不確定性原理(原子や電子などの世界では、

一つの粒子について、位置と運動量、

 

時間とエネルギーのように互いに

関係ある物理量を同時に正確に

決めることは不可能であること)によって、

 

粒子の速度と位置の両方を

同時に知ることはできない。

 

そのため、

体内のすべての粒子の量子状態をどれだけ

正確にスキャンしようとも、

100%の忠実度に達することはない。

 

 

このような信号エラーは、

量子コンピューターにとってどのような

意味を持つのだろうか?

 

もしかしたら、

テレポーテーションによって移動した自分の

体が原形そのままであっても、

 

夕食の最中に、

以前は苦手だったブロッコリーが

大好物になっていることに気付き、

 

驚かされるかもしれない。

 

あるいは、

テレポートされた自分の体の忠実度が

損なわれることで、

 

肉体の再構成に失敗して

大惨事となってしまうかもしれない。

 

 

もし仮に、

そのような問題のすべてに対処できたとしたところで、

私たちには哲学的な問いが残される。

 

つまり、

あなたという存在を構成するものの正体とは、

原子とその量子状態に過ぎないのだろうか?

 

実験物理学者であり理論物理学者でもある

ジョン・クラウザー博士は、

 

「量子もつれ」の研究によって、

2022年にノーベル物理学賞を受賞している。

 

彼はこの問いに対して、

示唆に富んだ見解を述べている。

 

 

「この箱の中に入れば、

あなたを構成するすべての原子が分解され、

 

つまりあなたの体は完全に解体され、

事実上、

あなたは死んでしまいます。

 

 

そのことを想像してみてください」と

クラウザー博士は問う。

 

 

「さらにその後、

あなたのレプリカントがどこかを歩き回るようになり…、

 

あなたの人生をそのまま引き継ぐことになる。

 

そう言われてなお、

あなたはその箱に入ろうと思いますか?」

 

 

<参考:>

Source / Popular Mechanics
Translation / Kazuki Kimura