生命誕生の場所は海か陸か
生命の起源はきわめて
学際的な研究分野ですので、
天文学から分子生物学まで、
さまざまな分野の研究者が参入しています。
分子生物学はもともと、
核酸(DNAやRNA)の構造と
機能の解明を目的として
始まった学問ですので、
その出身者は生命については
核酸による自己複製の機能を非常に
重要視する傾向があり、
また、生命の起源においては
RNAワールドを強く支持する傾向があります。
とにかくも、
まずRNAを無生物的に
生成する必要がありますが、
それには核酸塩基→
ヌクレオシド→ヌクレオチド→オリゴヌクレオチドというように、
何段階も水を抜きながら
結合する必要があります。
RNAワールドの泣きどころは、
RNAをつくることがタンパク質をつくるのと
比べてはるかに複雑で大変だということです、
そんななかでRNAワールド派の
研究者たちを驚喜させたのが、
ヌクレオシド、
さらにはヌクレオチドが
「生物誕生以前の環境条件で」
できてしまうという英国マンチェスター大学の
ジョン・サザーランド(1962〜)のグループが、
2009年に『ネイチャー』誌に発表した論文です
(図「〈生物誕生以前の環境条件〉
でのヌクレオチドの合成」)
「生物誕生以前の環境条件」での
ヌクレオチドの合成。
【緑の点線】は、
それまで考えられていた経路。
4(p)はリボースのピラノース型、
4(f)はリボースのフラノース型。
3と4(f)から2ができる反応がとくに難しい。
【青の太実線】は、サザーランドらが考えた経路
(M. W. Powner et al. Nature 459,
239-242(2009)doi:10.1038/nature08013)
陸上温泉派が指摘する
カリウム濃度
サザーランドたちの方法で
ヌクレオチドをつくるにしても、
何段階もの反応を、
温度やpHを変えながら進める
必要がありますので、
海水中は適していません。
これらのことから、
カリフォルニア大学サンタクルーズ校の
デヴィッド・ディーマー(1939〜)らは、
生命誕生の場所は陸上の
温泉だったと強く主張しています。
イエローストーン
(オールド・フェイスフル・ガイザー)の間欠泉
ディーマーたちがとくに注目するのは、
現生生物の細胞内では
カリウム濃度が高いことです。
私たちの体を構成する元素の中では
ナトリウムが比較的多く、
カリウムは少ないのですが、
ナトリウムの多くは細胞外に存在しますので、
細胞内ではむしろカリウムのほうが、
若干ですが高濃度なのです。
本記事2ページに掲載した表
「各試料中のカリウム(K)、ナトリウム(Na)、
亜鉛(Zn)の濃度」をもう一度みてください。
この表にはさまざまな水や生物中の
ナトリウムとカリウムの濃度も載せています。
海水中は、
ナトリウムのほうがカリウムより
圧倒的に高濃度です。
彼らは、
生命の誕生した場所にはカリウムが
多かったに違いない、と考えました。
各試料中のカリウム(K)、ナトリウム(Na)、
亜鉛(Zn)の濃度(1ページの表を再掲)
海底熱水系や陸上温泉
(表では代表例としてイエローストーンの
間欠泉を載せました)は、
ナトリウムに対するカリウムの割合
(K/Na)は海水よりも若干高いですが、
濃度はカリウムがナトリウムより
1桁ほど低くなっています。
必須金属類では
海底熱水系に軍配
カリウム濃度が高いという条件に合う場所は、
カムチャツカ半島で見つかりました。
ここにあるムトノフスキー火山から
噴出するガスが水と蒸気に分離しているのですが、
蒸気に多くのカリウムが含まれるため、
これが凝縮してできた水には
カリウムがナトリウムよりも4倍ほど
多く含まれていたのです。
カムチャッカ半島・ムトノフスキー火山から
噴出する間欠泉
現在では、
これほどカリウムが多い陸上温泉は
カムチャツカ以外にはあまり見つかっていませんが、
ディーマーたちは、
このような陸上温泉が原始地球上には
たくさんあったのではないかと考えました。
なお、地球生命に必須とされる亜鉛などの
金属も、カムチャツカの温泉水は海水よりも
かなり高濃度に含んでいますので、
これも陸上温泉説とは矛盾しないとされています。
ただし、
それらの必須金属は海底から噴き出す
熱水のほうが圧倒的に
高濃度に含んでいますので
この点では海底熱水系に軍配が上がります。
進化の舞台は、
どうやって陸から海に移ったのか
もし生命の誕生には、
まずRNA(のような分子)が原始地球上で
無生物的に生成し、
そこからRNAワールドに向かうという
過程が不可欠である、
という立場をとるなら、
熱水の存在する陸地
(陸上温泉など)が必要であり、
生命が海で誕生した可能性は
低いということになります。
しかし、
5億年前に生物が陸上進出するまで、
生物が海で進化したことは間違いありません。
とすると、
陸上で誕生した生命がいかにして、
うまい具合に海に移り住んだのか、
その機構も考えなくてはなりません。
ディーマーたちが考えたのは、
次のようなシナリオでした。
陸上温泉で誕生した原始生命は、
風などにより別の池などに広がっていった。
そして、
ついに海につながる河口域にまで達し、
そこから進化の舞台を海へと移していった。